平成海援隊航海記です


by niraikanai4

共謀罪の問題点を木村草太氏が解説。沖縄の基地反対運動の人たちは適用対象。気鋭の憲法学者木村草太氏とジャーナリスト青木理氏による共謀罪に関する解説です。


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# by niraikanai4 | 2017-04-22 18:42

加川良が死んだ

フォーク歌手・加川良さん死去 急性白血病で昨年12月から入院

「教訓1」などで知られ、日本フォーク界の先駆け的存在だったフォーク歌手・加川良=本名・小斎喜弘=さんが5日午前9時39分、都内の病院で亡くなった。69歳。滋賀県出身。長男でミュージシャンのgnkosai=本名・小斎元希=がフェイスブックで伝えた。所属事務所によると、急性白血病のため昨年12月から入院していた。妻・富士子さんに見守られての最期だったという。

加川良と言う歌手は名前と教訓Ⅰと言う歌を知っているだけです。

勿論ファンではありませんが、教訓Ⅰと言う歌を聞いた時の大きな衝撃は今でも覚えています。
いわゆる関西フォークと言われたメッセージソングがベトナム戦争を背景に大きな力を持っていたあの頃。
果たして今とあの頃はどちらが幸せな時代だったのだろうか?


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# by niraikanai4 | 2017-04-05 17:55

広島の空



今年は7月から一部の地方を除き暑い夏がやって来た訳ですが、祈りと誓いの季節がこの国にやってきました。

1945・8/6 1945・8/9 私たちの国は人類史上経験したことのない惨禍を経験しました。
この経験をもとに私たちの国は平和憲法と呼ばれる憲法を持ち、戦後復興を遂げて来ました。

昨年の総選挙により、安倍内閣が誕生し平和憲法を変えようとする動きが出ています。

しかし、私たちの国はあの夏、誓ったのです。
もうこのような惨劇は二度と繰り返さないと。

2013年の広島の日にあたり、さだまさしさんの゛広島の空゛という楽曲を当ブログでご紹介します。


In August nine 1945この町が燃え尽きたあの日
叔母は舞い降りる悪魔の姿を見ていた
気付いた時炎の海に独りさまよい乍ら
やはり振り返ったら稲佐の山が見えた

もううらんでいないと彼女は言った
武器だけを憎んでも仕方がないと
むしろ悪魔を産み出す自分の
心をうらむべきだからどうか
くり返さないでくり返さないで
広島の空に向かって唄おうと
決めたのはその時だった

悪魔を生み出す心は私の中にも存在します。
そんな心をどうコントロールするべきなのか?

憲法改正が政治課題にならんとする2013年夏。

そんなことを考えてみませんか?
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# by niraikanai4 | 2013-08-06 06:35 | その他


MISIA - 明日へ(復興応援メッセージソング)です。
この曲は2011年4月27日リリースの配信限定最新曲。
自らステージ上でリリースを発表したMISIAは「日々報道をみる中で、これからの将来どうなるのか…と不安で夜も眠れない方が多いと聞きました。そのような不安をかかえている方へ、少しでもいい安らぎの瞬間を…願って歌っています。明日へ向かって一緒に生きていきましょう。私も明日へ明日へ向かって歌っていきます」とエールを込めた楽曲への思いを語ったと言います。

ネットの利便性のひとつに検索機能があります。
この曲も検索の途中で見つけた一曲です。
MISIAと言う歌手は存じておりましたが、その楽曲については良く存じていませんでした。
パワフルな歌唱、そしてこの曲の持つ大きなメッセージ性には大きく心を揺さぶられました。
ぜひおき聞頂きたい一曲です
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# by niraikanai4 | 2011-04-17 11:24

BBSのアクセス数の推移

BBSのアクセス数の推移を50万ヒット分まで再掲します。

2009.4/5
BBSのアクセス数50万ヒット達成
2009.4/1
BBSのアクセス数40万ヒット達成
2009.3/20
BBSのアクセス数30万ヒット達成
2008.11/17
BBSのアクセス数25万ヒット達成
2008.6/30
BBSのアクセス数20万ヒット達成
2007.11/5
BBSのアクセス数15万ヒット達成
07.5/14
BBSのアクセス数10万ヒット達成
06.12/6
BBSのアクセス数9万ヒット達成
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# by niraikanai4 | 2009-04-19 19:56

90万ヒット

BBSのアクセス数が90万ヒットを達成しました。

多くの方々のご来訪と熱い書き込みに感謝申し上げます。
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# by niraikanai4 | 2009-04-19 16:02 | その他

80万ヒット

2009/04/16  BBSのアクセス数 80万ヒットを突破しました。
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# by niraikanai4 | 2009-04-16 08:33 | その他
Since.2001.9.9
平成海援隊サイトのトップページにサイト開設以来掲げられた文字です。

今から考えれば、WEBサイトの作り方はもちろんのことネットすら満足に理解していなかった私がWEBサイトを作り、BBSの管理人を務めるとは2001年の年初には想像すらしておりませんでした。なぜなら何しろ、2001年の元日には自前のPCすら持っていなかったからです。

自前のPCを買いそろえ、当時はまだあまり普及していなかったブロードバンドの環境を手に入れ、白川さんの新党旗揚げのニュースを目にして白川サイトを知ったのでした。
思えばそれが、私とBBSとの出会いであったのです。(これが実に幸運であったと思っております。)

白川BBSの閉鎖に伴い、白川BBSと同じように誰もがタブー無しに議論できる場がほしいと考えました。誰もやらないなら自分がやろう、私にそう思わせたのはやはり白川BBSの議論の質の高さと自由な気風をどうしても何処かで灯し続けたいと考えたからです。
予想外だったのは9.11のNY同時多発テロ。
後々白川BBSに参加されていた皆さんと連絡を取り合い、と考えていたのですが予想外の展開になりました。

以来、BBSを通じて考えてきたのは自由と平和と暮らしと生命について。
そして、本日2003.1/26よりのBBSに設置したアクセスカウンターが10万ヒットを超えました。もちろんこの数字の中には2003.1/26より前の数字は含まれていませんが、10万ヒットと言う数字が一つの記念碑的性格を持つことは管理人として感慨を持たずには居られません。
以前にも述べた記憶がありますが、この10万ヒットと言う数字はBBSに書き込みをしてくださっている方々、そして書き込みはしないけれどBBSを見てくださる方々がいればこその数字です。今年に入ってからも80/日ヒット平均のアクセスがあり、また新しく書き込みをしてくださる方が増えたことも管理人として嬉しい限りです。
6年経っても、開設当時と同じ温度で政治的議論が続けられている現状は、私の喜びでありまた誇りでもあります。

この先、BBSが100万ヒットを記録する事は無いと思いますが、この国に言論の自由が生きている限り、そして言論の自由を守るために気負わずにBBSを続けていけると良いなと思っています。

最後に、ひとつだけ感じた事を書きます。
それは、強く願えば夢はかなう、と言う事です。
サイト開設当時から、BBSに書き込んでくださる方々の思いは白川さんの政治家としての復活ではなかったでしょうか?
このBBSが白川さんの目にとまり、それが白川さんの復活のきっかけになればと私は考えていました。後に白川さんが時々このBBSをご覧になられていた事を知りました。
私の思いが、白川さんに届いたかどうかは定かではありませんが、広いネットの世界で白川さんと再会できた事だけでも、私はBBSを続けてきた意義があったと思っています。

まだまだ、航海を終える事はできません。
私たちが本当の自由を手にするその日まで。
苦しく、そして楽しい航海に引き続きお付き合いをいただきます事をお願い申し上げます。

管理人拝
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# by niraikanai4 | 2007-05-14 06:42 | 社会

美しき国 日本

僕達の゛美しい国日本゛は、まずそこに住むひとの心からゆっくりと壊れつつある。

親殺し、子殺し。
耐震偽装に始まる様々な嘘。

政治家や官僚すらも平然と嘘をつき、それを恥とも認識できないほどにこの国は劣化してしまったようです。

2006年の年頭に当たり、この年を゛再生の年゛の第一歩としたいと述べた記憶がありますが、状況は益々悪くなるばかり・・・。

しかし、この国に住み暮らす人々の心を支え続けてきたのは、どれ程寒い冬に苦しんでいてもいつか必ず春が来る、と言う思いだったのではないでしょうか?

春を待ち続けるための知恵はただふたつ。

頑張り過ぎないこと。
あきらめないこと。

必ず春は来る。

その日が一日でも早く来るように・・・と。

明日からもまた、考え続ける旅は続いてゆくのです。
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# by niraikanai4 | 2006-12-30 02:46 | 社会

中岡慎太郎の笑顔

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江戸時代後期の土佐藩の郷士、幕末の志士陸援隊隊長中岡慎太郎。
彼が、坂本竜馬の盟友であることはご存知のことであろう。

上の写真は彼のもの。
幕末の志士の中で、彼のこの写真だけがただ一葉だけ微笑をたたえている。
当時の写真技術を考えれば、彼のこの写真はとても魅力的な一枚と言えるのではないだろうか?

竜馬の残した言葉の中に、
「十中八九を自分がやって、最後の一二のいいところを人に任せる。それが男の仕事。」と言う良い台詞がある。
しかし、考え方を少しばかり変えてやると、「十中八九を自分がやって、最後の一二のいいところを人に任せた」のは中岡慎太郎だったのではないだろうか。

冒頭に掲げた中岡の笑顔が、彼の凛とした維新に賭けた決意を示している。
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# by niraikanai4 | 2006-10-02 08:37 | 政治